
直前で仕事がキャンセルになってしまった。
これから忙しくなるし、ゆっくりしていたいな、と思ったりもしたが、天気予報は晴れ。
だからといって、晴れていたら山に行かなくては、というのも違うよな、と考えていたら23時を過ぎていて、とりあえず準備をして、3時半にアラームをセットした。
アラームが鳴ると、なんだかやる気だった。
単独なので、行っても行かなくてもどちらでも良かったが、意外にも心が弾んでいることが嬉しかった。
松本から女工哀史で有名な野麦峠を越えて約2時間。
こんなところを飛騨から岡谷の製糸工場へと10代の少女が往来していたとはにわかに信じがたい。
向かったのは、岐阜県東部を流れる飛騨川の源流部、阿多野郷川真谷だ。
アイミックス自然村からさらに奥へ林道を進み、ゲートの手前に駐車して歩き始める。
クマが飛び出してきそうな林道をしばらく進むと、沢に下降する踏み跡がある。

沢の水は身を切るような冷たさで、時折足元をイワナが走る。
早朝の凛とした空気の中を小気味良く進むと、30mほどの滝が出てきた。
白い糸のような水流が末広がりに落ちる「布引の滝」とでも名付けられそうな滝だ。

右壁から左壁に、弱点を繋いで登っていくと、さらにその上にも大きな滝が続いている。

この時点で、私の中で「いい谷」認定が確定した。
正直なところ、乗鞍に沢のイメージはあまりなく、夏場は人で賑わっていて敬遠しがちであった。
またも、自分の視野の狭さを思い知らされることになった。
ここから、怒涛の滝場の連続だ。
そのほとんどが快適に登攀することができる。



快調に進んだため、まだ谷底に朝日が届いてはいなかったが、薄暗い雰囲気は全くなくて、どこまでも開放的だ。
目の前の大きな屈曲部に、次なる滝の存在を薄々感じ、胸が高鳴る。
目の前の岩盤をV字に割って、青空へと延びる一条の白い筋は、紛れもなくこの谷のハイライトだ。
少し細かいホールドを丁寧に拾って、滝上に立って振り返ると、御嶽が優美な曲線を描いていた。


そこから、いくつか断壁状になった脆い滝を越えながら、源頭を登っていくと中ノ洞権現に飛び出し、乗鞍が眼前に迫る。

剣ヶ峰に向かう千町登山道は、北海道の稜線を歩いているような雰囲気で、高山植物が咲き誇り、素晴らしかった。


頂上直下で、突然じゃがいもが転がってきたと思ったら、ライチョウの雛だった。
1.5m横には威嚇する母ライチョウがいて、「驚かせてごめん」と思うと同時に母は強いなと思った。
その後少し離れたところから見守ると、岩陰には他に4羽の雛がいて、逸れた雛も無事に合流できたようだった。

山頂に出ると、人の大群だったのでそそくさと逃げた。
帰りに先ほどの岩陰を覗くと、母ライチョウが5羽の雛をお腹に抱いて守っていた。

中ノ洞権現まで戻り、国土地理院の地形図には載っていない阿多野に下降する登山道を下山した。
上部のハイマツ帯は道は不明瞭ながら、ハイマツの背丈が低く問題はなかったが、樹林帯は笹藪、足元はぬかるんでいて、快適な遡行とは裏腹に、修行系の下山だった。
それでも、遡行や稜線の爽快感が消え失せることはない。
山に行って良かった。
Memo
【日程】
2025年7月13日
【行程】
6:20 林道ゲートー8:50 中ノ洞権現ー9:35 剣ヶ峰ー10:05 中ノ洞権現ー11:40 林道ゲート
【ギア】
特に何も使わなかった
【その他】
・そば処 福伝
野麦峠の信州側、松本市奈川地域はとうじそばが有名
竹で編んだ「とうじかご」でそばを温めて食べる。最後に余った汁は雑炊で。

