
香川県の風景といえば、ため池の点在する平野に、おにぎりのような端正な形の山が聳えているのが印象的だ。讃岐富士と呼ばれる飯野山は、不自然なほどにこんもりと盛り上がり、かたや屋島の一直線な稜線には目を疑う。そんな個性的な香川県の山や自然と、ある程度時間をかけて関わることができた。
香川県の岩場として、今最もアツいのは、小豆島だろう。しかし、讃岐平野の中にも岩場はある。高松・坂出間の五色台には、弘法大師が開いた「真言密教」の五大色にちなみ、青黄赤白黒の5つの峰があるのだが、そのうちのひとつ紅ノ峰の中腹にクライミングエリアがある。

岩場を訪れた日はこの時期にしては強い寒気が入り、温暖な香川といえどフリークライミングには寒いだろうと思ったが、南面で日当たりも良く、快適に登ることができた。滑らかな安山岩で、わかりやすいガバは少なく、ホールドをうまく効かせる系のクライミング。この日は易しめのグレードを何本も登る感じで、のんびり癒されながら登った。



その日は早めに切り上げて、讃岐富士・飯野山へ。30分くらいで登れてしまう山だけど、途中に猫がたくさんいて、地元の方も登っていた。もしかしたら、毎日のように登っている方もいるのかもしれない。こんなふうに地元の人の生活に密接に関わる山もいいなぁと思った。頂上から讃岐平野を見下ろすと、黒い雲の隙間から夕日が差し、ため池が煌めいていた。頬を刺す冷たい風に乗って、ハラリハラリと何かが舞っていると思ったら、それは雪だった。きっと長野は、たくさん雪が降っていることだろう。


帰宅間際の、時間ができた日。今度は、五色台の坂出側にある、大屋冨(おおやぶ)の岩場に向かった。こちらの方がより、ローカルな岩場で、ボルトも最近整備されたようだ。駐車地から見る岩場は不穏な形相で、思わず「え?あんなヴォロ壁登るの!?」と、思ってしまったが、案ずることはなかった。ルートが整備されているのは、向かって右側に回り込んだところで、脆さは一部を除いて許容範囲。5.10台が中心で、ナチュプロのルートもあり、一日中楽しく登った。



帰り道、夕陽に照らされる山が黄金色に輝いていた。それは日の差し方だけではなく、センダンの実がたくさんぶら下がっているのだと気づく。信州は落葉広葉樹が多いので冬場の里山は茶色く、もの寂しい雰囲気もあるが、香川の里山は彩りがまだ残っていた。今日もいい1日だった。



さて、香川におにぎり山が多いのはなぜか。讃岐平野はもともと花崗岩をベースとした地盤だったが、約1400万年前に瀬戸内火山活動が起こり、大量のマグマが噴出した。その通り道(火道)が、今のおにぎり山であり、マグマが急速に冷え固まった安山岩は、花崗岩などに比べて侵食に強いため、高く残ったと考えられている。(火山岩頸)

一方で屋島は、噴出した溶岩が花崗岩の地盤の上に水平に広がり、屋根の役割を果たしたおかげでで侵食に耐え、テーブルマウンテンになっている。(メサ地形)

このような溶岩の恵みにより、古代には石器として、現在は特徴的な音色から風鈴や石琴として使われるサヌカイトや、花崗岩のダイヤモンドと呼ばれる高級石材の庵治石が産出し、香川の石文化を支えている。


大屋冨の翌日、最後にまたチャンスがあったので、紅ノ峰に向かった。初めての岩場に行くと、当たり前だが何を登っても楽しいので、簡単なルートを触りがちだ。しかし、最後くらいは看板ルートの「スーパードラゴン(5.11c)」のレッドポイントを目的とした。マスターでのトライは、左に移るタイミングがわからなくてテンション。その後、トップロープでムーブを確認したら腕がパンプしてしまって、もういいかなと思ったが、気合を入れて登り始めた。なんとか、後半まで持ち込んだけど、最後のフェースで若干焦る。二手戻ってレストして、落ち着いたら登り切ることができた。

満足して、がもううどんへ向かうと、長蛇の列。並び始めてすぐに本日終了の看板が掲げられた。
「残り80玉だよ。多分大丈夫な気がするけど、わかんないな。」とおっちゃんがボソリ。ハラハラしながらようやく注文口に辿り着くと、我々が最後のひと玉だった。おっちゃんと目が合い、ニヤリ。結局、ここのうどんがNo. 1だったかもしれない。

山や自然と関わり、文化に触れながら、短期間の旅行では味わえないような、ディープな経験ができた。
長野に戻れば、また身の引き締まるような日々が訪れる。真っ白な雪山の世界に向けて、心を整えるとき。

