Day4:12月30日 風雪

湿雪の降る黒部の谷底は、漆黒に覆われていた。晴天の稜線ならば、東の空に赤みが差しているだろう。ヘッドランプの明かりだけでは、中央稜取付き付近の複雑な地形をこなすには心許ないので、少し空が白みだすまで待機する。

中央稜下部はブッシュの多い急斜面で、荷物が重いため念の為ロープを1ピッチ出した。あとはひたすら、ラッセルするだけだ。低気圧通過による荒天で、標高が低いために気温も高く、汗や湿雪のためにウェアがどうしても濡れてしまう。だが、これが黒部だ。この信じられないほどの濡れを、巷では「黒部の刑」と呼んでいる。今はまだ、マシな方だろう。

自分が先頭に立ったらザックをその場に降ろし、空荷でラッセルしてある程度行ったところで、またザックを取りに戻る。このとき後ろのメンバーとすれ違い、一言二言交わす。しかし、このエンドレスループに疲弊してくると、重荷を背負った後続は人間の心を失い、虚な眼差しで左右に揺れる「ラッセルゾンビ」と化す。ちなみに界隈でときどき耳にするこの言葉は、私が言い始めたと思っている。

幸い我々は、ゾンビにならずに済んだ。当然、フィジカル的にはしんどいが、人の心を失うほどではなかった。積雪の下の方に、やや硬い層があったので快調に進み、金作谷方面から伸びるジャンクションピーク(JP)に達すると、樹木は疎になった。

薮の急斜面に突入していく

視界不良で風も強かったが、様子を見るために空荷で少し進む。突然、一羽の白いライチョウが穴から飛び出してきた。

「こんにちは〜。我々、信州から山を越えてきました〜。」

Wさんが元気に挨拶をする。こんなに隔絶された環境の中で、生き物に出会えただけで、どこか嬉しくなった。
あまりいい幕営地点は上部になかったので、JPまで戻ってテントを張る。今日は早めの行動終了だ。

樹林帯の中をひたすらラッセル

Day5:12月31日 風雪 

冬型の気圧配置となって、引き続き風雪によって視界が悪いコンディションとなった。これではどのみち、薬師岳を越えることは叶わないだろう。この日は停滞とする。ようやく体を休めることができる。

しかし、最悪の事態が起こる。私のエアマットがパンクしたのだ。空気の抜けたマットはただのシートなので当然冷たく、そして腰が痛くなる。なんとかして穴を探そうと試みるが、あまりうまくいかない。一度は諦めたものの、昼過ぎに再挑戦してみると、ようやく穴を見つけて補修することができ、胸を撫で下ろした。

ずっと寝ているのも大変なので、誰かが起きだすと、みんなシュラフからモゾモゾと這い出る。隔絶した空間に閉じ込められたとき、時としてヒリついた空気になることもあるけれど、我々には微塵の悲壮感や切迫感もなく会話が弾んだ。然るに、日程に余裕があるからだ。薬師岳を越えるには、ある程度好条件でないと不可能だが、たとえここに1週間閉じ込められたとしても、日程的には余裕がある。食糧と燃料はふんだんにあるので、大きく構えていればよかった。

2晩を過ごした幕営地

Day 6:1月1日 風雪のち曇り

引き続き冬型の気圧配置となり、稜線を越えるのは厳しいだろう。しかし、翌2日に脱出のチャンスがあるので、稜線直下に雪洞を掘ってでも王手をかけよう、ということになった。2550mくらいからは岩稜となり、ザックの重量もあるので、ところどころロープを出して慎重に進んだ。

岩稜帯をいく

西から風が吹きつけているので、稜線の東側では風はそれほど強くない。おまけに、うっすらと太陽の存在も感じ始めた。そうか、今日は初日の出だったか。時折ネズミ色の空に群青色が入り込み、ひょっとして今日中に脱出できるかもしれない、という期待感がが広がり始める。

狭いリッジを渡る
最後の雪稜
東面なので雪が溜まっている

岩稜が終わると、中央カールと金作谷カールを隔てる緩い雪稜となる。全貌を拝むことはできなかったが、巨大な二つのカールを左右に見下ろしながら登攀できたとすれば、壮観だったに違いない。傾斜が出てきたのでザックを下ろして、新雪をかき分けていくと、明らかに湿った強風が正面から吹きつけてきた。エビの尻尾を纏った標柱と祠のあるそこは、まさに山頂だった。

エビの尻尾を叩き割り、標柱を出す
薬師岳山頂にて

山頂では3日ぶりに電波が入ったので、今後の予報を確認する。その間も容赦なく日本海からの湿った風雪が叩きつけ、瞬く間にウェアが白くなっていく。正直、剱岳への縦走はノーチャンスなほどではない。かといって、これはいける、という予報でもない。
悩ましいけれど、ここに滞在する時間的な猶予はあまりない。縦走を試みる場合は、スゴ乗越へ。または、北薬師岳から丸山につながる尾根を下降して稜線から逃げるか。

「逃げよう」

そうこうしているうちに、視界は真っ白に閉ざされていった。まずは北薬師岳へ。なるべく早く、この稜線を脱出したい。雪庇やルートミスに気を配りつつ。
吹き付ける風は強烈で、バラクラバで鼻まで覆ってしまえばサングラスが曇り、鼻や頬を守ってサングラスを外すと、氷雪が付着しレディー・ガガみたいなまつ毛になって視野が狭くなる。

北薬師岳に達し、そこから判然としない斜面を、正面から爆風を受けながら進む。積雪が風に叩かれて吹き飛ばされているから、雪崩のリスクは小さいだろう。丸山に達する尾根に入ると、風は収まっていた。この時は気が付かなかったが、後日鼻の皮が剥け、軽い凍傷になっていたみたいだ。稜線の気象コンディションに曝される時間としては、結構ギリギリだったかもしれない。スゴ乗越までは厳しかっただろう。

丸山への尾根は、バフバフのパウダースノーで、滑っても楽しいだろうし、針葉樹の木立が広がりどこかメルヘンな雰囲気があって、脱出した安堵感を助長させた。あとは、気が向くまで行動し、嫌になったらそこでテントを張ればいい。そして今日は、これから停滞を重ねることはないだろうから、余った食料食べ放題だ。

穏やかな樹林帯

Day 7:1月2日 雪

丸山を越えて、真川に沿って下山するのみ。とはいえ、それがひたすらに長い。この日は午前中、天候が回復するはずだったけれど、あまり天気が良くない。昨日薬師岳を越えることができていなければ、さらに数日閉じ込められる、というシナリオも十分に現実味があった。

丸山山頂を目指してラッセルする

雪がしんしんと降るなか、湿った雪で重たい足を前へ動かし続ける。今回の山行で、最も修行に近い時間だ。それでも、リスクはほとんどないので、淡々と進む。

林道に合流する手前は美しいブナの純林だった

ひたすらに歩き続けてたどり着いた立山駅で、私はどんな感情を持てばいいかわからなかった。我々は、敗退したのか。停滞し、粘りながら進んでいけば剱岳を踏むことができたのか。実際、日程はあと10日もあった。しかし、天気予報は決して芳しくなかったし、進んだところで地獄のアルペンルート下山になっていたかもしれない。かといって、ベストを尽くしたのだろうか。

正直なところ、私は悔しくもなかった。上ノ廊下横断という目的は達成されたし、そもそもそこから剱岳まで行くというのは条件が整えば、という感覚でもあった。しかし、一昔前だったら、ベストを尽くしたかどうかが気になってしまって、きっとモヤモヤしていただろう。今の自分は、肩の力が抜けている気がする。それは、何かを達成することに対してあまり興味がないということかもしれないが、かといってやる気がないわけではない。これだけ日程を残して下山すれば、山でどんな活動ができるか、ということにワクワクもしている。

山のご機嫌を伺いながら、自分が充実した時間を過ごせる方法を探る。できればとてもお腹が空いて、とてつもなく下山後のご飯が美味しく感じる登山をしたい。私はまた元気に下山したので、次の山に向かうことができる。それでいいのかなと。

正月早々に下山してしまったものだから、富山駅は人でごった返していた。前回の横断は下山後に食べた寿司が涙出そうなほど美味かった。また寿司を食べたかったけど、混雑に圧倒されているうちに、腹が減りすぎて思考力が限界に達してしまい、目の前の中華料理店に駆け込んだ。何を食べても絶品だった。今度は、完全燃焼の横断をして、とびきりうまい寿司を食べよう。

暴力的な食欲を満たして、風呂に入って清潔になり、無事文明人に復帰すると、張り詰めたものが途切れるように急激に眠たくなった。最大限に増幅した幸福を噛み締めて、目を閉じる。
次は、どこの山へ行こうか。

Memo

日程

2025年12月27日〜2026年1月2日(6泊7日)

行程

12/27 5:00 葛温泉ゲートー7:50 ブナ立尾根取付ー14:50 烏帽子小屋付近

12/28 7:30 烏帽子小屋ー11:40 野口五郎岳ー12:40 東沢乗越ー15:15 水晶小屋付近

12/29 6:00 水晶小屋付近ー6:55 水晶岳ー10:15 赤牛岳ー13:35 黒部川1692m付近ー16:10 渡渉終了

12/30 6:30 黒部川1692m付近ー12:00 薬師岳中央稜JP(2420m) のち2550m付近まで偵察

12/31 風雪により停滞

1/1 6:10 薬師岳中央稜JP(2420m)ー10:55 薬師岳ー12:10 北薬師岳ー14:55 丸山のコル手前1960m付近

1/2 5:30 丸山のコル手前1960m付近ー7:00 丸山ー8:50 林道出合ー15:40 立山駅

装備

個人装備一式
17日間の食料

・装備の重量は28kgくらい

・食事は朝:カップヌードルBIG 昼:行動食1200kcal くらい 夜:アルファ米150g,フリーズドライカレー

前回は軽量化を重視しすぎて、寒さと腹へりによるストレスが大きく、下山後に「いくら食べてもお腹いっぱいにならない病」になってしまった。自分は目的の達成のためならマシンにでもなれると思っていたが、食料、防寒着は大切。ご褒美的に肉とかを用意するのもいい。今回は欠乏感がなく、降りたらすぐにでも山に行けるくらいの状態だった。