
荒川出合は、南アルプス白峰三山の山麓にある氷瀑群だ。北岳登山口の広河原から野呂川の少し下流に位置し、アプローチは夜叉神峠から鷲ノ住山を越えて入山するか、奈良田から林道を往復するかの2通りある。前者は、車移動、林道歩きの距離はともに短いが、鷲ノ住山の標高差400mを登り降りしなければならない。一方、後者は車移動が長く交通費はかかり林道の距離も伸びるが、アップダウンも少なく何も考えずに歩ける。今回はひたすらに林道10kmを歩く奈良田からのプローチとした。
アプローチ
1泊2日の行程で3ルンゼ右の滑滝と2ルンゼ正面大滝を登る予定だ。西回りの強い寒気が入ったため、積雪の少ない南アルプスにも、乾いた雪が積もった。荒川出合付近には野呂川発電所がありラッセルになることはない、とされていたが土日で車両は入っておらず、週明けの早朝だったので、途中から轍が消えて、ふくらはぎくらいのラッセルになった。


いいかげん嫌になったころに、正面に巨大な鷲ノ住山が立ちはだかり、目的地が近いことを悟る。荷物の重さもあり、大幅に時間は遅れてしまったが、2ルンゼ出合にテントを張って、3ルンゼを目指す。おそらくこの辺りも、直近の降雪までは、ほとんど雪がなかったのだろう。ゴロゴロの岩の上に、パウダースノーが積もっていて、歩きづらいことこの上ない。
右のナメ滝
荒川出合の盟主は、「夢のブライダルベール」だろう。私も2018年にヒーヒー言いながら登った。荒川出合には他にも氷瀑のルートがいくつかあるのだが、それ以来訪れていなかった。もちろんアプローチの面倒さや、優先順位的に後回しになるのは致し方ない。それでも、登ったことないところは基本なんでも楽しいので、再訪できたことは嬉しいのだ。

夢のブライダルベールの隣にあって、見栄えのしないこの滝は、「右のナメ滝」といい加減なネーミングなのも理解できる。少しずつアイスクライミングの経験を積み、垂直でなければフォローできるようになったパートナーの、脱ゲレンデ戦である。

1ピッチ目、幅広の出だしの登りやすいところを適当に登って灌木でビレイ。氷も柔らかく割れない系でいい調子。
2ピッチ目、後半が少し傾斜がある。
3ピッチ目は、緩やかな氷を登って終了。帰りは、左岸沿いを3ピッチ懸垂下降した。アプローチで苦戦していたパートナーもアイスクライミングパートは順調に登っていた。


アーリースプリング
2日目は、2ルンゼ正面大滝の予定だったが、夢ブラと右のナメ滝の間には、アーリースプリングという結氷稀な氷瀑あって、右のナメ滝から氷は薄そうだが登れそうであることを確認していた。どのくらい結氷稀なのかは不明だが(結構、凍る年が多いのでは?)、せっかくなのでこちらを登ることにした。


モフモフのラッセルをこなして、一段岩を乗り越えて、スタートとなる。出だしの緩い草付きを、ピックを潰さないように登って、氷に達すれば一安心、というイメージ。いざ登り始めて、アックスを打ち込む位置を見極めるために、雪を払い除けると、青ざめた。
「全部これ、スラブじゃん」
確実にアックスを打ち込める氷に達するまでは、シビアなクライミングになるし、プロテクションも取れないので、ビレイヤーもろとも転がり落ちていきそう。いろいろ探った上で、降りることにした。敗退が過ぎる。パートナーを降ろして、自分もクライムダウンして振り返ると、左際が登れそうだ。こちらも安定した氷まで確実に行けるかどうかは下からはよくわからなかったが、ここを登ることにした。


草付きやベルグラ(薄氷)を慎重に登っていくと、ようやくアイススクリューの決まる安定した氷瀑となった。アンカーを含めると中間支点に使えるスクリューはそれほど多くないので、ランナウトしつつ慎重に登った。2ピッチ目を終えると、傾斜はだいぶ落ち着いてきた。おそらく次で、終了だろう。あとはもう、楽しく登るのみだ。最後はちょっとふくらはぎが疲れたけど、無事に終了点に辿り着いた。下降は灌木で1回、途中にV字スレッドを作ってもう一回。

正直なところ、コスパはとても悪いと思う。交通費もかかり、アプローチも長く、そして、登攀対象としても困難なわけでも、スケールが壮大なわけでもない。もっと近くに、もっと手頃なアプローチで、より困難な氷瀑はいくらでも存在する。そして、苦労して辿り着いた氷瀑が、凍っていない可能性すらある。SNSの直近の記録ではなく、現地の標高、斜面方位、これまでの気象条件などから、自分なりにコンディションを想像し、ある程度の勝算を持って現地を訪れる。それで、条件を外したならば、「ガハハ」と笑って退散するまでだ。
私にとって時間や労力といったコスパは、あるいは困難性までも、価値を測る物差しとして必ずしも重要ではない。山奥の静かなところで、自分にとって未知のものに触れたいというだけだ。
Memo
日程
2026年2月9〜10日
行程
1日目:奈良田ー荒川出合2ルンゼー右のナメ滝取り付きー終了ー取り付きー2ルンゼ出合
2日目:2ルンゼ出合ーアーリースプリング取り付きー終了ー取り付きー2ルンゼ出合ー奈良田
ギア
スクリュー8本くらい
下山後のおすすめ
奈良田温泉 女帝の湯
奈良時代、孝謙天皇(聖武天皇の娘)が8年間、病気平癒のために滞在したといわれる奈良田。こんな山奥でそんなわけ・・・と思うのだが、関西・京都方面のアクセントや古語を残す「奈良田方言」というのが存在している。真偽はさておき、女帝を癒したとろとろのお湯は格別である。ただし、現在は改修中だ。

