
前夜
昨日のラツェクピークの影響だろうか。朝目覚めると、少々身体がだるい。今日はコロナハットまで全装備を担いで登る日で、荷物の重さに少し憂鬱になりながら、ナンにハチミツをつけて齧る。相変わらずのいい天気だ。
再びモレーンをゆっくりと呼吸を意識して進み、途中でラツェクピークの下降路の途中にデポしていたギアを回収する。さらに荷は重くなるが、残りは1/3ほど。安定した広大な氷原に出ると、フリーコリアがあまりにも荘厳だった。
無人のコロナハットは、小さいながらも設備は整っていて非常に快適だ。明日に備えてゆっくりと休みたいところだが、興奮しているのかなかなか寝付けない。20時を過ぎてようやく暗闇になるかと思いきや、月明かりが窓から差し込む。思わず外に出ると、周囲の山が青白く照らし出されていた。



サミットプッシュ
朝を迎えると、今日も当然の如く晴れている。この時期のキルギスはこれがデフォルトなのだと、この時は思っていた。
しばし、安定した氷河を黙々と登り、2ピッチほど進んだところで、ロープを結び合って行動する。ところどころ、クレバスが口を開けていて、恐る恐る跨いだり、飛び越えた。帯状に伸びるベルクシュルントを越えたあたりから、傾斜は徐々に増していく。少し、不安定なところは中間支点にスクリューを入れながら、第一バットレスと、第二バットレスのコルまで。傾斜はそれほどだが、氷は非常に硬い。
第二バットレスは実質1ピッチのクライミングだが、プロテクションも良好でこのルートのハイライトだろう。4800m付近でのミックスクライミングは、自ずと息が上がる。そして、その先にはコロナⅡ峰のプレートがあった。
さらに反対のコルに下り、第三バットレスの登攀へ。東側の雪面に回り込みながら登ると、コロナの最高点である第三バットレスの頂上に飛び出した。
周囲を山に囲まれ、そして遥か遠い先まで、白き山並みが続いていた。一生で登り尽くせないであろう果てしなさに、僕の心は踊った。まずは、1つ目。順応という位置付けながらも単なる作業ではなく、充実した内容で頂上に立てたことが喜ばしい。
下降は、第二・第三バットレスのコルから、V字スレッドや、岩角を利用して5回の懸垂下降で登りのルートに復帰し、往路を戻る。コロナ小屋で甘酒のささやかな祝杯をあげ眠りにつくが、例によってなかなか眠れなかった。





翌日、顔はパンパンに浮腫んでいて、二重の位置がいつもと違って気になる。今後使う装備とあまり食糧を小屋にデポし(最近、界隈で装備盗まれるのが流行っているので大丈夫だろうか…)、コロナハットを発つ。
ラツェク小屋を過ぎると、日曜日だからか、多くの現地民が氷化した急斜面をスニーカーで登ってきた。日本のようなばっちりと格好を決めた登山者ではなく、観光の延長のような感じだが、それは危うくもあり、自然に親しむ風土が好ましくも感じられた。
アラ・アルチャ国立公園のトレイルヘッドは、多くの車でごった返していて、車道を少し歩いてヒッチハイクでゲートまで乗せてもらった。
今朝まで、氷河の真っ只中にいて、その日の夕方には街で、肉を食らっている。腹を満たし、市街の至る所に存在する緑地を、映像を眺めるかの如く漫ろ歩けば、シートを広げ寛ぐ家族、バレーボールをする少年たち、様々な人の営みに気づく。今朝までの世界とあまりに乖離していて、その落差に困惑すると同時に、どこか幸福を感じていた。
MEMO
コロナ・ピーク(4,830m)
Корона/Corona Peak
【日程】2025年4月12日
【行程】6:20 コロナハットー11:45 コロナII峰ー12:40 コロナⅢ峰ー15:45 コロナハット
・コロナハットは狭いので、混雑時は泊まれない。なお、宿泊料金は無料。