
急遽空いた6月のある日、草津白根の毒水沢に行った。
名前はおどろおどろしいけれど、明るく開放的な沢で、そして何より道中に温泉が湧いていることが最大の魅力だ。
誰もいない山の中で、野湯に浸る時間は格別だった。

先日訪れたのは、その本流ともいえる大沢川で、中流部を日本の滝百選にも選出されている「常布の滝」が豪快に水を落としている。
有名な滝にもかかわらず、知名度が低いのは、滝壺へ向かう遊歩道が落石のため閉鎖されていることも一因だろう。
今回は、草津から芳ヶ平へ向かう登山道が、毒水沢を横切るところから沢を下降し、常布の滝上の大沢川に出て、遡行を開始した。

温泉の影響で毒水沢の水はぬるいが、大沢川は普通に冷たい。出合からゴルジュの様相となり、間髪を容れずF1。
開始早々、泳ぐ必要がありそうだ。
落ちてもドボンで済みそうだし、途中プロテクションも取れそうにないので、ロープを付けずに登る。
細かいもののホールドは繋がっていたので、特に苦労はしなかった。


それにしても、こんなところに雰囲気のいいゴルジュがあったなんて。
苔の緑と、ターコイズ色の淵。一つ一つの乗越も適度な難易度で楽しめる。


しばらく行くと、登るのは厳しそうな滝が出てきたので、左岸から巻く。
クマザザが生えているので安心感がある。
沢に復帰し、まもなく登山道が横切り、下部ゴルジュが終わる。
目に鮮やかな美しい苔を眺めながら、穏やかなせせらぎと石から石へと踏み出す足が調和して、気付けば脳内を緩やかなメロディーが流れている。
心が徐々にほぐれていった。

再び側壁が立ってきて、上部ゴルジュが始まる。
直登が厳しい滝もあったが、側壁は下部ゴルジュよりも低めなので、巻きには苦労しない。
火山性の鉄分を多く含んだ岩盤で構成されたゴルジュは、悠久の時を経て苔むし、水流に磨かれる場所は赤い岩盤が露出している。水を湛える淵には太陽の光が差し込んで、引き込まれそうな蒼さを放つ。
大地のエネルギーと光、そして、水が織りなす、緑、赤、青の妖艶な世界。
五感を働かせてルートを見出し、全身を使って乗り越えていく。
どうしても直登が適わぬものは、なるべくコンパクトに巻く。美しい世界からなるべく離れてしまわないように。



やがて、核心となる4mCS滝が立ち塞がる。
ここは懸垂下降以外で今回唯一、ロープを出したピッチだ。
渾身のジャンケンは負けてしまったので、リードする友人を見守る。
ぱっと見たところ、それほど難しくないように見えたが、結構悪いようで早々にフリーは諦め、カムエイドで登っていった。
フォローしてみると、「なるほどな」という感じ。ハングしているし、スタンスはツルツル。
熟慮せずリードの残したアブミを掴んでサクッと登ってしまったが、フリーも無理ではなさそうだった。

さらにいくつか滝を処理すると徐々に開けてきて広大な草原が広がる。
最後は赤い屋根の芳ヶ平ヒュッテの手前の橋に飛び出した。フィナーレまで完璧だ。

そそくさと下って、駐車地で片付けていると、12時を報らすチャイムが聞こえた。
そのまま草津温泉の共同浴場で、熱々の湯に一瞬体を潜らせて、嬬恋で買った100円の巨大キャベツを抱えて松本に帰った。まだ、15時にもなっていなかった。
長く山を続けていながら、未だに「地球って面白れぇな!」とあまりにも凡庸な感想を心の底から思えることは、至極幸福なことだろう。
Memo
【日程】2025年7月1日
【行程】5:40 登山口ー6:30 毒水沢出合ー6:50 大沢川出合ー8:00 下部ゴルジュ終了(登山道横断)ー9:10 4mCS滝ー10:20 芳ヶ平ー11:50 登山口
【ギア】ロープは50m、カムは♯1,2番(小さいのはいらない)、寒さに慣れている人は真夏ならウェットまでは不要?
【下山後のおすすめ】草津にはいくつか共同浴場があるが、地蔵の湯がおすすめ。設備は新しく綺麗だし、お湯の熱さも許容範囲(他は熱すぎる)