
失意の敗退
忙しない日々を過ごしているうちに、黄金色の稲穂が頭を垂れ、青空は高く、朝晩は涼やかな風が抜けるようになった。
ようやくプライベートで山に行ける。何年か持ち越しになっていた、御嶽山の兵衛谷に行くことにした。
落ち着きなく頻繁に天気を確認するものの、秋雨前線の影響で予報は芳しくない。予定を変更して、天気が回復する日程を狙ったが増水が気がかりだ。ソロなので無理はできないが、それでも今回は兵衛谷に行きたい気持ちが強かった。
1:30に起床して入渓点の巌立まで向かう。あと一時間で到着というところで雷雨となり、それでも諦めきれずに、「せめて巌立まで様子を見よう」とワイパーを高速で動かしながら山道を走らせたが、冷静になって車を停めた。
この雷雨で増水しているだろうし、水が引くのを待っていたら1泊2日では抜けられない。様子を見に行くだけガソリン代も無駄になる。
失意のまま、苦し紛れに木曽福島で栗子餅と栗きんとんを大人買いして、松本へ帰宅するのだった。
九蔵本谷へ
翌日、今度は乗鞍岳西面、青屋川の九蔵本谷を目指すことにした。気合いは失せてしまったので、ジャブジャブ水遊び系の沢に行って、テンカラでイワナを釣って、焚き火をして帰ろうか、という気分だ。
登山ポストのある広場に駐車し、最初の分岐から沢に降りる。早速魚影があったので、竿を出す。手応えはなく、まだ先も長いので小俣谷を過ぎるくらいまでは我慢することにした。
いくつかの釜を持った滝を、泳ぎ、そして硬く安定した岩の快適クライミングで越えていくと、やがてゴルジュの様相となる。
やや増水気味で、大量の水を叩き落とすその様は、なかなか迫力があった。最後の滝は堰堤となっていて、これを右からコンパクトに巻くと広河原に出た。




辺りにはヤマグリが実を付けていて、暑さは続けど秋の到来を告げていた。しばらく進んで沢を出し始めたが、魚影がめっきりなくなってしまった。手応えも全くない。諦めて先に進むことにした。仕方ない。今回のメインは沢登りだから。渓流釣りに来て、全く釣れなかったら残念だが、今回はあくまでおまけなのだ。そんなふうに自分を納得させて、沢を楽しむ。
実際に沢は楽しかった。空一面を覆っていた羊雲は次第に千切れて、真っ青な空から谷底まで光が降り注ぐ。
スパッとした安山岩の板状摂理の岩盤で構成された函や滝が続き、そのほとんどを突破できる。容易に巻ける函状の釜も敢えてへつり泳いで、水中ボルダリングを楽しんだ。








やがて谷は狭まってきて、少し陰惨な雰囲気が漂い始めると、40mほどの大滝が立ち塞がった。
「こんなの聞いてないぞ…」
いや、全然調べてないのだけど。豪快な水飛沫と爆風に圧倒されながら、登路を探る。流芯の左側は階段状になっていて登れそうだが、落ち口付近が難しそうだ。
大した心つもりをしていなかったので、20mのロープと少々のギアしか持ち合わせていなかった。しばし逡巡したものの、この装備で突っ込むには、不確定要素が多すぎる。諦めて飛沫を浴びつつ釜を渡り、左岸から巻くことにした。



滝を巻き終えると、美しい滑床が広がっていて再び牧歌的な世界に引き戻される。だが、なんとなく悔しかった。いつもは大して滝の直登にこだわったりしないのだが。
山ばかりいっているのに、プライベートでは山に行けていなかったので、謎のやる気が溜まっていたのかもしれない。
モチベーションは歓迎すべきものであるものの、行き過ぎてしまってはリスクにもなりうる。たぶんきっと、あの雷雨がなかったとしても、数日間雨が降り続いた兵衛谷に、一人で乗り込むのは無理だったように思う。
自然環境を人間がコントロールすることはできない。あくまで人間が自然環境に合わせるしかないのだ。そして、自然は一人の人間の都合を考慮することは決してない。過度なモチベーションは目の前の現実を歪め、想像力を鈍らすことにもなりかねないということを胸に刻んでおきたい。
下山の林道は荒れていたが、次第に歩きやすくなっていった。トチの実が転がり、果実酒の王様とも呼ばれるガマズミの実がたわわに実っていた。
久々にプライベートで山に行けてよかった。そして、今度はあの大滝も登って、千町ヶ原まで行ってみたい。

MEMO
日程
2025年9月16日
行程
6:20 登山口ー6:35 入渓点ー7:45 広河原ー8:25 小俣谷出合ー11:30 40m大滝下ー12:10 40m大滝上(脱渓)ー13:00 青屋道登山口ー13:30 登山口
ギア
20mロープ、ピトン、ボールナッツ
40m大滝を登るには40mロープ、小さめのカム
クラックが閉じている部分も多いため、ピトンに頼る必要はあると思う。
下山後のおすすめ
木曽福島の栗子餅
秋から冬にかけての限定で、木曽地域では栗餡で餅を包んだ栗子餅が販売される。「田ぐち」はなめらか上品系で一個300円、「宝来屋」は栗感が強く甘さも控えめで一個260円。どちらも甲乙つけ難い。

木曽馬の里
日本在来馬、ずんぐりむっくり胴長短足、まさに日本男児的な木曽馬と触れ合える。晴れていれば御嶽山が美しく、乗馬体験は800円と格安。
